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『シン・ゴジラ』を観に行きました。(ネタバレ注意)

※作品の内容に踏み込んだ箇所があります。ご注意を※


もう公開から随分経ってしまったような気持ちがありますが、
自分の感じたことは残しておいた方が良いよな、と思い備忘録的な意味で記事を更新。

色んな人が感想をネットに上げていて、
その人たちの感想を読んでるだけで面白くて仕方がないですね。
結果として自分の脳みそも刺激され、次はいつ観に行こうかと予定を考え始めてしまっている。
それほどの破壊力、吸引力が本作『シン・ゴジラ』にはあるかと思います。
公式サイトはこちら
TOPページに表示される「大ヒット上映中!」って、本当にそうだからグッときますね。

冒頭に、昔の東宝スコープのマークに、青色背景の白文字に「東宝映画作品」と立て続けに
往年のマークが表示されます。それから初代ゴジラを思わせる「シン・ゴジラ」のタイトルバック。
このあたり、「84年版『ゴジラ』を思い出すよね」と、一緒に観に行った友人と鑑賞後に話しました。
三度目のゴジラ初上陸が描かれることを示唆しているのでしょうかね。

物語が始まって、手持ちカメラの撮影映像を中心に事件の予兆が描かれます。
そういう描写が入ってしかもジャンルが怪獣映画となると、
思い出すのは海外の『クローバーフィールド』。
「あぁ、ゴジラ映画にしては珍しい演出だよなぁ」と思ったりしました。
そんなこと考えていられるくらいには、この時点まで冷静に映画を見ることが出来てました。

ところが、ですよ。本番はここから。
謎の生物がついに陸地に上陸、観てるこっちも「ついにゴジラがき……」

で、「――え?」と目を見開いちゃいました。
というのも、現れたのはポスタービジュアルで堂々とした立ち姿を見せた「ゴジラ」ではなく、
嫌でも印象に残る死んだ魚の目をした巨大な海棲生物だったのです。
四本足で進撃するソレは、ありとあらゆるものを壊し、
津波を起こし、どんどん街中へと入り込んでいきます。

「え? やっぱりVS物なの? 今回はゴジラ以外の出るから隠してたの?」
しかし、生物の外見にほんの少しだけ変化が生じた瞬間、私はハッとしました。
そうだ、そういうことか、であるならば……なんてこった!

今まで私たちが抱き、そして東宝が作り上げてきた「ゴジラ」という存在のイメージ。
本作のゴジラのビジュアルが初公開された時も、
そんな今までのイメージをベースに外見の良し悪しを見定めていた。
だが実際に本作を観ると、そんな我々が抱いていたゴジラの概念をぶっ壊してきた。
と同時に、ありそうでなかったものを見せた。
それは、ゴジラが我々の知る「ゴジラ」という存在になるまでの進化の過程。

今までのゴジラだってきっと異常な進化を遂げてあの姿になっている訳で、
しかしそんな過程など気にしたことはなく、
常に私たちは最終進化形たるあのフォルムを観ていた。
これの前はどんな姿をしていたんだろう? 
ゴジラが好きであればあるほどそういう想像をした人は数多いと思われる。

そして今回、庵野総監督は
その想像を見事に具現化し、ゴジラの進化を描き、新しいゴジラを生み出した。
とにかくこのゴジラの形態進化を見せていく映像は私にとって衝撃的で、
別にクリエイターでもないただの一般人でありながら
や、やられたぁぁぁぁぁ!!!」と心の中で叫んでしまった。

で、この現れた生物に対してどう対策をとればいいんだ? 
ということで映画の大部分を占めるのが会議シーンだ。
エヴァでお馴染みのBGMが流れたりするので『踊る大捜査線』を思い出したりするが、
その音楽を元々使っていたのは庵野監督な訳で、
遂に本家本元が実写映画で使った! と妙な感慨があったりした。
会議シーンは短いカット割りで人物の顔を繋ぎ、テンポよく人物同士の会話を切り返していく。
だから難しい言葉もリズミカルにスイスイ進んでいくので、
セリフも思わず聞き流してしまいそうになる。

印象的なのは、人物の表情のアップが多いことだ。特に真正面で映す画が多い。
一見単調になりやすいカットの連続ながら、
それが短く色んな人の顔のアップを何度も見せてくれるので気にならない。
むしろ各役者陣の「顔の説得力」というものを改めて感じる。
セリフの言い回しで役者としての存在感を出すのではなく、顔で見せる。
目は口ほどにものを言うが、早口の長台詞が重要というよりも、
その言葉を口にしている時の人々の表情の真剣さが印象に残りました。

長台詞に早口と幾多の言葉が重ねられゴジラ対策にひた走る日本。
だがそれらの言葉の応酬が全て無に還るのが中盤だ。
虚構の存在たるゴジラが、
超現実的(のように思えてくる描写が重ねられた)日本を虚構の世界へと沈めていく。
圧倒的なまでの破壊描写により生まれる絶望感に、正直私は涙が出そうになった。
もちろん感動もした。こんな映像が見られるとは……というか、
『巨神兵 東京に現る』を進化させたような映像で嬉しくなったりもした。
と同時に、もうこの日本は終わってしまったという気分にさせられた。
この映画はここで「終」を迎えてしまうのではないか、と本気で考えてしまった。
それほどまでの驚異的な映像。

だが、その中盤までがゴジラのターンだとすれば、今度は人間達の番だ。
映画は「ニッポン対ゴジラ」というキャッチフレーズにふさわしく、
人間達によるゴジラへの戦いが描かれる。
ゴジラ出現の事態により多国籍軍が作られ、
打倒ゴジラの為に日本に三度目の核が落とされるかもしれない、日本にとって絶体絶命の状態。
窮地に追い込まれた日本は、今までの外交アプローチとはまた異なる形で各国と交渉し、
日本という国家がゴジラに挑もうとする。
ゴジラによって全てを壊された日本が立ち上がり、再び新たな形で復活しようとする。
本作である人間が言う「スクラップアンドビルド」という言葉が、
まさしくこの映画の物語を体現している。

その打倒ゴジラで始まる「ヤシオリ作戦」は、
これはもうリアルなようでいてとんでもないくらいにロマンに溢れている。
虚構の世界に沈み込まれた日本が、手持ちの手段で嘘みたいな作戦を実行する。
そしてその作戦は非常に燃えた。

全体的に見て改めて思ったのは、これって本当に庵野監督の映画になっているなということ。
編集といいBGMの使い方といい、私が絶望した中盤の映像なんてのはもう『エヴァ』そのものだ。
だがよくよく考えてみれば『エヴァ』自体が庵野監督が好きな怪獣映画といった
特撮作品への愛をアニメーションという形で表現した作品な訳で、
監督自身が影響を受けた数々の要素をアニメ→実写と昇華させていった結果が
今回のクオリティに繋がったんだろうな、と。
時々どこかアニメっぽいモノを感じる部分はあれど、
一方で「少ない」と評される人間ドラマもちゃんとあると自分には思えたし、
一つの実写作品として成立しているな、と感じました。

逆にいえば、庵野監督の作風が合わなければ
「すごいけど、好きじゃない」となりそうだし「凄いし面白いけど苦手」になる可能性もある。
私は大好物だったのですが、これがこれからの『ゴジラ』という映画群の中で
スタンダードになるか? といったら微妙なところだなぁと思いました。
きっと今後新しいゴジラ映画が作られるとしたら今回のようにはならないと思いますし、
仮に同じ庵野監督が手掛けたとしても、また別の形に仕上げてきそうな気がします。

そこで思い出される、劇中で出てくる「私は好きにした、君たちも好きにしろ」という言葉。
ついつい深読みしてしまうのですが、この言葉はこれからゴジラを作るかもしれない
クリエイター達に対するメッセージなのかもしれないと思いました。
作りたいものを作れる世界。そんな世界は大作規模の映画興行としては中々難しい。
その世界の既成概念を一匹の生物(=庵野秀明という人間)がぶっ壊した。
本作は映画の最後にそびえ立つ存在のように、今後も残り続けることは間違いない作品です。
その存在を見て、他の監督たちが続いていけるのか? 
決めるのはこの世界なのかもしれないですね。
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