『シン・ゴジラ』を観に行きました。(ネタバレ注意)

※作品の内容に踏み込んだ箇所があります。ご注意を※


もう公開から随分経ってしまったような気持ちがありますが、
自分の感じたことは残しておいた方が良いよな、と思い備忘録的な意味で記事を更新。

色んな人が感想をネットに上げていて、
その人たちの感想を読んでるだけで面白くて仕方がないですね。
結果として自分の脳みそも刺激され、次はいつ観に行こうかと予定を考え始めてしまっている。
それほどの破壊力、吸引力が本作『シン・ゴジラ』にはあるかと思います。
公式サイトはこちら
TOPページに表示される「大ヒット上映中!」って、本当にそうだからグッときますね。

冒頭に、昔の東宝スコープのマークに、青色背景の白文字に「東宝映画作品」と立て続けに
往年のマークが表示されます。それから初代ゴジラを思わせる「シン・ゴジラ」のタイトルバック。
このあたり、「84年版『ゴジラ』を思い出すよね」と、一緒に観に行った友人と鑑賞後に話しました。
三度目のゴジラ初上陸が描かれることを示唆しているのでしょうかね。

物語が始まって、手持ちカメラの撮影映像を中心に事件の予兆が描かれます。
そういう描写が入ってしかもジャンルが怪獣映画となると、
思い出すのは海外の『クローバーフィールド』。
「あぁ、ゴジラ映画にしては珍しい演出だよなぁ」と思ったりしました。
そんなこと考えていられるくらいには、この時点まで冷静に映画を見ることが出来てました。

ところが、ですよ。本番はここから。
謎の生物がついに陸地に上陸、観てるこっちも「ついにゴジラがき……」

で、「――え?」と目を見開いちゃいました。
というのも、現れたのはポスタービジュアルで堂々とした立ち姿を見せた「ゴジラ」ではなく、
嫌でも印象に残る死んだ魚の目をした巨大な海棲生物だったのです。
四本足で進撃するソレは、ありとあらゆるものを壊し、
津波を起こし、どんどん街中へと入り込んでいきます。

「え? やっぱりVS物なの? 今回はゴジラ以外の出るから隠してたの?」
しかし、生物の外見にほんの少しだけ変化が生じた瞬間、私はハッとしました。
そうだ、そういうことか、であるならば……なんてこった!

今まで私たちが抱き、そして東宝が作り上げてきた「ゴジラ」という存在のイメージ。
本作のゴジラのビジュアルが初公開された時も、
そんな今までのイメージをベースに外見の良し悪しを見定めていた。
だが実際に本作を観ると、そんな我々が抱いていたゴジラの概念をぶっ壊してきた。
と同時に、ありそうでなかったものを見せた。
それは、ゴジラが我々の知る「ゴジラ」という存在になるまでの進化の過程。

今までのゴジラだってきっと異常な進化を遂げてあの姿になっている訳で、
しかしそんな過程など気にしたことはなく、
常に私たちは最終進化形たるあのフォルムを観ていた。
これの前はどんな姿をしていたんだろう? 
ゴジラが好きであればあるほどそういう想像をした人は数多いと思われる。

そして今回、庵野総監督は
その想像を見事に具現化し、ゴジラの進化を描き、新しいゴジラを生み出した。
とにかくこのゴジラの形態進化を見せていく映像は私にとって衝撃的で、
別にクリエイターでもないただの一般人でありながら
や、やられたぁぁぁぁぁ!!!」と心の中で叫んでしまった。

で、この現れた生物に対してどう対策をとればいいんだ? 
ということで映画の大部分を占めるのが会議シーンだ。
エヴァでお馴染みのBGMが流れたりするので『踊る大捜査線』を思い出したりするが、
その音楽を元々使っていたのは庵野監督な訳で、
遂に本家本元が実写映画で使った! と妙な感慨があったりした。
会議シーンは短いカット割りで人物の顔を繋ぎ、テンポよく人物同士の会話を切り返していく。
だから難しい言葉もリズミカルにスイスイ進んでいくので、
セリフも思わず聞き流してしまいそうになる。

印象的なのは、人物の表情のアップが多いことだ。特に真正面で映す画が多い。
一見単調になりやすいカットの連続ながら、
それが短く色んな人の顔のアップを何度も見せてくれるので気にならない。
むしろ各役者陣の「顔の説得力」というものを改めて感じる。
セリフの言い回しで役者としての存在感を出すのではなく、顔で見せる。
目は口ほどにものを言うが、早口の長台詞が重要というよりも、
その言葉を口にしている時の人々の表情の真剣さが印象に残りました。

長台詞に早口と幾多の言葉が重ねられゴジラ対策にひた走る日本。
だがそれらの言葉の応酬が全て無に還るのが中盤だ。
虚構の存在たるゴジラが、
超現実的(のように思えてくる描写が重ねられた)日本を虚構の世界へと沈めていく。
圧倒的なまでの破壊描写により生まれる絶望感に、正直私は涙が出そうになった。
もちろん感動もした。こんな映像が見られるとは……というか、
『巨神兵 東京に現る』を進化させたような映像で嬉しくなったりもした。
と同時に、もうこの日本は終わってしまったという気分にさせられた。
この映画はここで「終」を迎えてしまうのではないか、と本気で考えてしまった。
それほどまでの驚異的な映像。

だが、その中盤までがゴジラのターンだとすれば、今度は人間達の番だ。
映画は「ニッポン対ゴジラ」というキャッチフレーズにふさわしく、
人間達によるゴジラへの戦いが描かれる。
ゴジラ出現の事態により多国籍軍が作られ、
打倒ゴジラの為に日本に三度目の核が落とされるかもしれない、日本にとって絶体絶命の状態。
窮地に追い込まれた日本は、今までの外交アプローチとはまた異なる形で各国と交渉し、
日本という国家がゴジラに挑もうとする。
ゴジラによって全てを壊された日本が立ち上がり、再び新たな形で復活しようとする。
本作である人間が言う「スクラップアンドビルド」という言葉が、
まさしくこの映画の物語を体現している。

その打倒ゴジラで始まる「ヤシオリ作戦」は、
これはもうリアルなようでいてとんでもないくらいにロマンに溢れている。
虚構の世界に沈み込まれた日本が、手持ちの手段で嘘みたいな作戦を実行する。
そしてその作戦は非常に燃えた。

全体的に見て改めて思ったのは、これって本当に庵野監督の映画になっているなということ。
編集といいBGMの使い方といい、私が絶望した中盤の映像なんてのはもう『エヴァ』そのものだ。
だがよくよく考えてみれば『エヴァ』自体が庵野監督が好きな怪獣映画といった
特撮作品への愛をアニメーションという形で表現した作品な訳で、
監督自身が影響を受けた数々の要素をアニメ→実写と昇華させていった結果が
今回のクオリティに繋がったんだろうな、と。
時々どこかアニメっぽいモノを感じる部分はあれど、
一方で「少ない」と評される人間ドラマもちゃんとあると自分には思えたし、
一つの実写作品として成立しているな、と感じました。

逆にいえば、庵野監督の作風が合わなければ
「すごいけど、好きじゃない」となりそうだし「凄いし面白いけど苦手」になる可能性もある。
私は大好物だったのですが、これがこれからの『ゴジラ』という映画群の中で
スタンダードになるか? といったら微妙なところだなぁと思いました。
きっと今後新しいゴジラ映画が作られるとしたら今回のようにはならないと思いますし、
仮に同じ庵野監督が手掛けたとしても、また別の形に仕上げてきそうな気がします。

そこで思い出される、劇中で出てくる「私は好きにした、君たちも好きにしろ」という言葉。
ついつい深読みしてしまうのですが、この言葉はこれからゴジラを作るかもしれない
クリエイター達に対するメッセージなのかもしれないと思いました。
作りたいものを作れる世界。そんな世界は大作規模の映画興行としては中々難しい。
その世界の既成概念を一匹の生物(=庵野秀明という人間)がぶっ壊した。
本作は映画の最後にそびえ立つ存在のように、今後も残り続けることは間違いない作品です。
その存在を見て、他の監督たちが続いていけるのか? 
決めるのはこの世界なのかもしれないですね。

映画『貞子 VS 伽椰子』観た。

『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!』シリーズや、
近年だと『ある優しき殺人者の記録』『殺人ワークショップ』と、
尖ってる作品を世に送り出している白石晃士監督。
そんな監督の新作でしかも大作レベルの上映規模を誇る『貞子 VS 伽椰子』を鑑賞。
公式サイトはこちら

霊媒師が複数登場して、そのうちの1人が確かな実力を持つ人物という設定は、
同じ白石監督作品の『カルト』を連想させる。
その『カルト』が1人の霊媒師の清々しいまでの最強っぷりを見せてくれるのに対し、
本作では実力派霊媒師「経蔵」の目立った活躍はそこそこ、
むしろ映画の目玉ともいえる貞子と伽椰子の対決のお膳立てに注力する。
2人の有名キャラクターの対戦カードを実現させる為に
ひた走るプロモーターのような印象を抱いた。
で、書いていて思ったのですが、そもそも『カルト』は
3人目の霊媒師が切羽詰まった状況を打破する訳で、
本作は2人(女の子と男の2人で1セットと考えてます)までしか登場しないんですよね。
やはり石原さとみ(『貞子3D』で貞子と激闘を繰り広げた伝説の貞子狩り)さんを
呼ぶべきだった……。

経蔵が登場するまでの映画前半は真っ当なJホラーとして物語が展開していく。
前半パートの恐怖演出は、良くも悪くも普通という印象でした。
大きい音で驚かせるというよりも床のきしむ音、
何かが画面に映り込むといった不穏さで雰囲気を盛り立てていくのは好感。
一方でこれまでの白石監督作品で観られたような恐怖演出があまりなく、
個人的には本作の宣伝として放送された『生でコワすぎ!』の
ホラー演出の方がハラハラしたのが正直なところ。

とはいうものの、印象的な演出が全くないという訳では無く、
自分の中でグッときた恐怖演出を3つセレクト。
(1)音
貞子による呪いが始まる合図として、呪いを受ける人間は
ハウリングに似た音を聴くことになる。
この音を劇場で聴くと、音が移動しているかのように感じられた。
ある一方向から聞こえ始め、頭の周辺を回っていくような感覚。
劇中の登場人物が両耳を抑えたくなるのも納得。

あとは恐怖演出とは少し違うかもしれないが、伽椰子の声。
ゴジラの鳴き声が聞こえてきて「待ってました!」となるような、そんな昂揚感を抱かせる。
完全に怪獣映画の楽しみ方になってしまっている気がしないでもないですが。

(2)俊雄
ネタバレになるので詳細は伏せるが、本作は容赦なく人が死んでいく。
特に伽椰子とセットで登場する俊雄がかなりの活躍(?)を見せてくれる。
俊雄が登場するパートはかなり力が入っているように見えて、
「(この映画を観に来た)子どもにトラウマを与えてやる!
と監督は決意していたんじゃないかと思うくらいにエネルギッシュ。
俊雄の姿を見て私が思い浮かんだのは『必殺仕事人』。幽霊と仕事人がどう結び付くのか? は
是非とも劇場で観て欲しい。本当にこんな仕事人いそう。

(3)呪いのビデオ
ビデオなんてもうずっと昔のメディアになってしまった気がする現代。
そんな世の中で白石監督はもう一度、ビデオの砂嵐に潜んだ恐怖を復活させたように思う。
スクリーンに映る、ノイズ混じりの映像。
フィックスカメラの呪いのビデオの映像に怖さを感じつつ、「お帰り」という気持ちにさせてくれた。
……恐怖演出とは、また違うでしょうかね?

本作の「貞子 VS 伽椰子」という異なる世界の存在同士を戦わせるまでの流れは、
経蔵の存在を受け入れられるかどうかで、賛か否に分かれると思う。
彼が映画の便利キャラとして動いている部分が強い。
その分「なぜ2人を戦わせなければならないのか」という理由は
考えられており、そこでバランスを取っている印象。
試合が開始した時点で経蔵というプロモーターの役割は半分終わり、
後は試合を盛り上げるアシストをするのみ。
だからこの男、頼れるようで実は全く頼れない。
とはいえ彼とパートナーである少女「珠緒」とのタッグは観ていて面白く、
この2人を主人公とした前日譚が観たいものだ。

貞子と伽椰子は、お互いの得意技を駆使して文字通りぶつかり合う。
その結末はどうなるのか? それは実際に観ていただきたいのだが、
白石監督が自身の作品で今まで描いてきた映像の
お金と手間が掛かったバージョンが観られて、個人的には満足。
ただしインパクトがあったかというと、予想の範囲内に収まった感じもする。

役者陣は『ヒメアノ~ル』に続いて佐津川愛美さんがかなり良い。
やっぱりこの方も日本映画界を引っ張っていく1人ですよ。
改めてそう感じるほどの身体の張りっぷり。
激しさは『コワすぎ! 劇場版・序章』の久保山智夏さん、
恐ろしさは本作の佐津川さんでしょうか。
全体的に登場人物が生きることも、死ぬことも、
絶望することすら全力なのが観ていて気持ちが良いです。
「死んでしまうかもしれない……じゃぁ、何をすればいい?」という行動の速さ。
この人物造形も白石監督作品らしさなのかもしれないですね。

複数人でワイワイ観るには良い娯楽作になっているかと思いますので、
興味があれば是非どうぞ……というか、
お金の掛かった白石監督作品がまた観たい! 
なので是非一度鑑賞を!

以上。

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genre : 映画

映画『ヒメアノ~ル』を観た。/日本でこんな作品が作られるなんて!(2度目)

『アイアムアヒーロー』観た時に「大きい映画館でこういう内容の作品を観られるとはなぁ」
と思ったりしたものですが、まさかその1ヶ月後、
『ヒメアノ~ル』でも同じ気持ちになるとは思いませんでした。
とはいっても「R15」ですからね。宣伝でも大きくそのことは見せてますし。
それで「どこがR15なの?」みたいな作品はやる訳無いですよね。
公式サイトはこちら

私は原作は未読なのですが(それは『アイアムアヒーロー』でも同じでしたが)、
今回の『ヒメアノ~ル』は傑作だと思いました。
観終わった後は精神的にガツンと来たといいますか、
非常に疲れたのですが(しかも心地よい疲れという訳でもない)。

作品が始まってからしばらくは画面が凄い固まってる感じがしたんですね。
カメラがフィックスってことももちろんあると思うんですけど、
なんか実写の映画を観てるという感じがしない、違和感が襲ってきたんですよ。
別に原作がそうだからって訳では無いと思うのですが、
登場人物達の会話のカットの切り返しといい、
漫画のコマ割りを観ているかのような感覚がありました。
ムロツヨシさん1人だけを映してやや早口で長台詞を喋るカットなんて、
空いた空間に吹き出しが出てくるんじゃないかと思いましたよ。
それでいて登場人物達の顔はみんな個性豊かだし(絵に描いたような顔つきに思えました)、
キャラ付けや話の展開の仕方もベタベタなラブコメ漫画。
おかげで佐津川愛美さん演じる「阿部ユカ」は凄い可愛いんですけど。もう理想の女の子。
浜田岳さん演じる「岡田進」が「そういうこと聞くなよ……」と思ってしまうほどの
最低な質問をするんですけど、それを受けての行動には色んな意味で驚きましたね。

そんな中、時々手持ちカメラで撮った、画面が揺れる映像が挿し込まれるんですね。
始まりから終わりが見えるようなラブコメにだんだん何かが浸食してきているような雰囲気。
で、その雰囲気を醸し出す中心人物が森田剛さん演じる森田くんこと「森田正一」です。

この森田演じる森田剛さんが本当に素晴らしくて、
ある時点から映画のジャンルが一転するんですけど、
まるでこの森田が映画のジャンルを無理やり変えて
1つの映画の枠組みをぶっ壊しにきているんじゃないかと。
そう思わせてくる力が森田剛さんの演技からビシビシ伝わってきました。

もちろんこの映画を演出しているのは吉田恵輔監督な訳ですから、
そういう風に思わせるほどの手腕を持った凄い監督なんだなぁとも思ったりしたのですが。
監督は『フロム・タスク・ティル・ドーン』を意識しているとパンフレットにありました。
どういう映画なのか? を調べるとネタバレを喰らうので注意して下さい


先述した内容だと森田正一という男が「怪物」っぽく思えるんですけど、
実際観てみるとそんな風には感じないんですね。
むしろ怪物とはまた違う「生き物」のように思えました。
女性を襲って、人を殺して、至る所を寝床にして、
自分の身に危害が及びそうなら防衛本能を働かせる。
そういう習性で生きるような、ヒトの形をした生き物。
かといって生物界の上位にいるような生き物じゃなくて、
どちらかといえば弱い。だからこそ必死に動き回って対処する。
パチンコで稼いだ金をたかられて袋叩きに遭うシーンがあるのですが、
実害を抑える為に敢えて反撃しない感じがしました。
そういう森田を観ていると、
人間って人間であることを捨てて生き物として生活出来てしまうんだな、
という恐怖が自分の中に生まれて、だから結果として精神的に疲れましたね。

でも今回の映画、最後、私感動しました。
吉田恵輔監督の作品って『麦子さんと』しか観たことないんですけど、
『麦子さんと』は主人公に現実が叩きつけられて、でもその後色々学んで、
最後に希望が提示されるドラマだなぁと思ったんですよ。
本作はその希望が映画内の人間達じゃなくて、
映画の外側の観客に対して思いっきり投げられてきたような気がしました。
ベッタベタなんですけどね、グッタリしていたのでその最後にやられましたよ。

他にも笑っちゃうくらいに悪趣味なカットバックとか、映像の光と影のバランスとか、
出まくる血とか色々書きたいことはあるんですけど、
それは実際観てもらった方が感じやすいかなと思います。
でもこれだけは書きたいんですけど、有望な若手女優さんが色々出てきている中、
佐津川愛美さんも日本映画界を背負っていく女優の1人だと思いますね。
そんなことは分かってはいるんですが、どうしても書きたくなりました。

R15だしバイオレンス描写も多いですけど、
若い人が観ても良いんじゃないかと思いました。興味があれば是非どうぞ。

theme : 映画レビュー
genre : 映画

『GARM WARS ガルム・ウォーズ』が遂に公開し、実写三作品も公開済になりました。

押井守監督がカナダまで行って撮影し、
2014年に上映された『Garm Wars: The Last Druid』。
二年の時を経て、『ガルム・ウォーズ』というタイトルで、遂に日本で公開されました。
宣伝プロデューサーをスタジオジブリの鈴木敏夫さんが担い、
広く観てもらう為に声優が吹き替えた日本語版も制作。気合入ってますねぇ。
公式サイトはこちら

私は以前、東京国際映画祭でプレミア上映された時に、本作の原語版を鑑賞していました。
その時の記事がこちら。
押井守監督作品『GARM WARS The Last Druid』のワールドプレミアに行く。
日本では一度観たこの原語版よりも日本語版の上映が多いようで、
「一体どんな風になっているんだろうか……」という興味もあったので、今回は日本語版を鑑賞。

登場人物達の口から専門用語がバンバン飛び出ることは変わらないのですが、
観る側の受け取り方がこんなに違うものか、と少し驚きました。
使う感覚の違い、とでもいいましょうか。
原語版は耳で英語を聞きながら目で日本語字幕の専門用語を見て、
日本語版は耳で日本語の台詞に混じった用語を聴く、という感じ。
映像に集中しやすいのは、どちらかといえば後者の方ですかね。
その分、専門用語についてある程度知っておかないと、イメージしにくいですけれども。
字幕だと漢字が使われるので(例えば「のうかく」なら「脳殻」)、
何となく想像はつきやすいかもしれません。

で、改めて作品を観たんですけどね。
正直、作品全体に対する感想は上記の記事とそんなに変わらなかったです。
ただ、この作品の好きな点がどこか? は自分の中で浮き上がってきました。
1つは、世界観。
あの世界を形成するありとあらゆる要素は、やっぱり自分のツボを突くものばかりでした。
特に今回は主人公の「カラ」を筆頭にガルム達が着ている衣装に注目して観ましたが、
カラの戦闘服は、1つ1つの織模様が細かかったですね。
あと映り方によって、衣装の模様の見え方がちょっと変わったりしたような。

そしてもう1つは、カラの成長物語。
以前書いた記事では
「ただ映画は神話を読み聞かせるような形で進んでいきますので、
主人公に感情移入したり共感して作品を観るという方には
相当相性が悪いタイプの類ではあります。」なんて書いてますけどね、
今回の日本語版はむしろ感情移入というか、
滅茶苦茶肩入れしまくって観てしまいました。
「ウィド」とかいう爺さんにそそのかされて群れを離れることになってしまったけれど、
神聖な存在たる「グラ」に恩寵を受けたことで感情が芽生え、
自分の生まれに疑問を持つようになり、自意識の芽生えへ繋がっていく。
まるで1人の子どもが生まれ、育っていくような過程ですよ。
一緒に旅する「スケリグ」とのやり取りも初々しくて良いですね。
なのにカラの生きる世界はガルム達の進化を止め、そもそも進化を良しとしない。
そして進化を止めることが出来るのは、グラとはまた別の神聖な存在な訳で。

つまり、カラは2つの神聖なるモノの狭間で揺れ動く存在になってしまったんですね。
大地を這うように歩くグラと、カラが見上げる先のモノがある場所、上と下の間に挟まれた女性。
しかもガルムはそんなに長くは生きられない運命。これでどうしろというのか。

なんて風に考えてしまったのは、日本語で台詞が吹き替えられたからでしょうかね。
それとも最初に観た時よりも冷静に鑑賞することが出来たからでしょうか。
とにかく、カラが良かったです。

映画の続編的な物語は『GARM WARS 白銀の審問艦』に続いて行く……んだと思っています。
世界観の描き込みやそれぞれの部族の描写は、やっぱり小説版が充実しています。
これ読んでから映画観るのもアリかもしれないですね。感想はこちら。
GARM WARS(ガルム・ウォーズ) 白銀の審問艦』を読む。/2つで1つのGARM


『ガルム・ウォーズ』が公開されたことで、
押井監督が同時期に撮影した実写三作品が全て公開されました。
撮影順は『ガルム』→『TNGパトレイバー』→『東京無国籍少女』なんですけどね。
つまり『ガルム』の反省を『パトレイバー』、『パトレイバ―』でやり残したことを
『東京無国籍少女』で果たしたことになります。
『ガルム・ウォーズ』が「『自分』を見つけるまでの話」、
『TNGパトレイバー』が「自分のことはよく分かってるからこそ、自分の居場所を守ろうとする話」、
『東京無国籍少女』が「『自分』を思い出すまでの話」のように個人的には感じました。

『ガルム』がいつかソフト化したら、撮影順に観てみるのも良いかもしれないですね。
そしてこれら3作で培ったノウハウを隅々に活かした実写作品(あくまでエンタメ路線の)の新作を
観たいです。そんな日が来るのだろうか、果たして。

パンフレットや雑誌のインタビューを読むと色々製作で苦労したのかなというのが
文章からも伝わってきて、お疲れ様です、という気持ちです。
興味がある人は是非どうぞ。

映画『アイアムアヒーロー』を観た。/日本でこんな作品が作られるなんて!

作品の内容に関する話が多いので、ネタバレ気味です。ご注意を



若い頃に賞を獲ったものの35歳になっても未だ自分の連載が持てず、
漫画家のアシスタントをしている「英雄(ひでお)」。
同棲中の恋人「てっこ」には愛想を尽かされ、趣味の猟銃と共に家を追い出されて人生崖っぷち。
そんなある日、てっこからの電話を受けて英雄が仕事場から追い出されたアパートに戻ると、
異形の化け物に変わり果てたてっこがいた。
襲い掛かるてっこの命を不意に奪ってしまい、逃げ出す英雄。
外に出た彼が目にしたのは、「ZQN」と呼ばれる化け物に変貌した者達が人間を襲う光景だった。
英雄は逃げる最中に偶然出会った「比呂美(ひろみ)」という女子高生と共に、
標高の高い場所では感染しないという噂を信じて富士山へ向かう。
そこから英雄のサバイバルが始まった……。
公式サイトはこちら

ビル群から煙が湧き上がるのを捉えたロングショット、
逃げる英雄を画面中心に配置して街中の混乱を映した長回しの移動撮影、
空を飛ぶ輸送ヘリの大群の描写。
主人公である英雄が見える範囲に限定されているものの、
平穏な日常が終わりを告げて非日常へ転がっていく様子が作品冒頭で克明に描かれている。
黒沢清監督の作品『回路』の終盤で描かれたような
日本が崩壊する描写のアップデート版を見せてくれた気がして、一気に心を鷲掴みにされた。
(「テレビ東京」ネタは多分原作のギャグなんだろう。笑った)

特に目を惹くのは、高速道路上でのカークラッシュだ。
日本のタクシーが思いっきり吹っ飛ぶ映像を邦画で観られるとは思わなかった。
このシーンは日本国内ではなく韓国で撮影しており、ついでにいうと
映画中盤からの舞台となるアウトレットモールも日本では撮影出来る場所がなく、
同様に韓国で撮影したらしい。
日本映画でもここまで気合の入った映像が観られるのか!
と興奮しつつも、撮影し辛い日本国内の現状にガックリときた。
ただ、逃げる英雄とZQNが人間を襲う姿を見せる長回しは静岡の浜松の住宅街で撮影したとか。
(そういえば押井監督作品『TNGパトレイバー』も東京が舞台ながら多くは静岡県で撮影していたような。
東京が世知辛いのか……)

とにもかくにも、圧巻の映像が観られる。

主人公の英雄は猟銃所持許可の証を持ち、劇中でも「お守り」として猟銃を構える。
しかし本編で撃つのはずっと後のことなので、
ガンアクションという点から見れば本作の銃演出のバリエーションは非常に少ない。
だが日本における銃への認識やその扱い方を英雄を通して一貫して描いているので、
「撃つか、撃たないか」を決意する彼の心情描写と重なってくる。
結果として、銃をあまり撃たないのに銃映画としてのドラマも成立していた。

クライマックスで大活躍する猟銃の演出はリロードと発射の単調な繰り返しながら、
標的となるZQNの外見や吹っ飛ばされ方が多種多様なので観ていて飽きない。
(それに単調といっても、リロードの連続で疲れてくる英雄の様子も映しているところが細かい)
何よりこのシーンは銃を撃つと決めた=誰かを守る為に戦うと決意した
英雄のドラマの最高潮の瞬間であり、粗を考えるよりも先に興奮させてくれる。
その興奮が冷めるほど大きい瑕疵が無かったのも好印象。
個人的には「銃ってのは撃つだけじゃないんだぜ!」って部分もあったので、燃えた。

あとやっぱりどう考えても、
本作にはグロ描写が素晴らしい輝かしいアピールポイントがある。
年齢制限を掛けてはいるものの、苦手な人が観たらとことん引くであろう
(ZQN化した人間の)身体の破壊描写が満載。積み上がっていく屍の数にはもう笑うしかない。
これが300を越える全国の劇場で上映されているという状況に驚く。

主演の大泉洋さんも素晴らしい。
容赦ない現実が彼に降りかかる作品冒頭の日常パートは、
観ていて辛くなるほどに情けなく演じていた。
自分のいまの現状と「英雄」という名前のカッコよさとの差を自虐的に言う場面や、
行動に移せずに妄想だけで済まそうとする姿など(妄想演出は至るところで効果的に使われる)、
早く非日常が始まってくれと懇願したくなるほど胸が痛くなる場面の連続。
世界がZQNだらけになっても無力な自分への歯痒さに苦しむ姿も印象的。
そんな苦しむ姿が描かれているからこそ、戦う決意を固めた時の彼の表情はカッコ良い。

ZQN側でいうならインパクトがあるのは、片瀬那奈さん演じるてっこ。
この一作でホラー映画クイーン戦線に浮上したような気がしなくもない。
ただ、英雄との関係に絡めたドラマパート的にはどうだったかと考えると、少し微妙。
というのも、ZQNになっていたとはいえ、英雄はてっこを殺してしまったという事実がある。
比呂美と出会ってからはその辺りの部分はどこかへ置いてけぼりになり、
最後まで思い出すことが無かった。
少しは振り返る場面があっても良かったのではないだろうか。

その他の面々、アウトレットモールに舞台を移してから登場する人々だが、
本編の残り時間もあってか各人物の背景に関する説明はあっさり気味。
特に奥さんがZQN化してしまった背景を持つ「アベサン」なんかは、
恋人がZQN化したという似た境遇の英雄との関係をもっと膨らませても良かったのでは?

一方で驚いたのが、比呂美演じる有村架純さんの使い方だ。
というのも、彼女は途中からほぼ喋らなくなる。
それにより終盤の僅かに喋る場面が際立ってくるので演出的にはOKだと思うのだが、
一応いま人気の女優でこういう起用が出来るんだなぁと思っていた。
しかし後で購入したパンフレットを読むと、
撮影は2年前(つまり2014年)で彼女主演のヒット作『ビリギャル』も作られていない時期と判明。
考えてみればもう一人のヒロイン「藪」が出てきてからは比呂美の存在は少し薄くなり、
映像的に目立ち始めるのはその藪を演じる長澤まさみさんの方だった。
藪が主役のスピンオフドラマもネット配信限定で公開されているし、
有村さんはヒロインではあるものの、扱い的にメインは長澤さんなのだろうか。

本作では「そもそも何でZQNなんて生まれたのか?」
「英雄は若干噛まれたけどそれは大丈夫なのか?」
「いま世界はどうなってしまっているのか?」等々の部分は描かれず、
物語は主人公である英雄個人のドラマへと集約されていく。
そういう意味ではまだ完結を迎えていない(原作も終わっていない、という問題もあるが)。
そこで思い出したのが『進撃の巨人 前編』だ。語り口も世界観も全く異なるが、
「1人の何者でもない男が何かを決意して立ち上がり戦うまでの物語」の映画として
同系列にある作品なのでは……というのは考え過ぎだろうか。
それに配給も同じ。もっと調べたら、エグゼクティブプロデューサーまで一緒の人だった。
東宝は『進撃の巨人』2部作と『アイアムアヒーロー』の3本で
世界に打って出る戦略を計画していたのかもしれない。

結果として本作は海外で賞も獲ったので、
日本国内の成績が良ければ続編を作るつもりなのだろうか。
であるならば、本作で見せてくれたモノ以上の作品を期待してしまう。
それぐらい非常に質の高い作品だった。
お薦めです。但しグロいので、そこは注意のほどを。
プロフィール

Author:ヤギメロ
映画とか本とか、色々好きな者だす。

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